「母が亡くなって相続の手続きを始めたいが、相続人の一人である父が認知症で、話し合いに加われるのか分からない」——そのようなご相談は少なくありません。遺産分割協議は相続人どうしの話し合いで進めるものですが、相続人のどなたかの判断能力が十分でないとき、そのまま協議書に署名してもらってよいのかは、判断に迷うところです。この記事では、法律上の基本的な考え方、成年後見制度(法定後見)の概要、後見開始の審判の申立先・申立人・必要書類、後見人が選ばれた後に遺産分割協議と相続登記がどう進むかを、裁判所・法務省・法務局などの一次情報にもとづいて整理します。ご家族の状況によって進め方は変わりますので、まずは全体像をつかむ材料としてお読みください。

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判断能力が十分でない相続人がいるとき、何が問題になるのか

民法は、共同相続人が協議で遺産の全部又は一部の分割をすることができると定めています(民法第907条第1項)。一方で、法律行為の当事者が意思表示をしたときに意思能力を有しなかった場合、その法律行為は無効とされています(民法第3条の2)。つまり、遺産分割協議に加わる相続人が、協議の内容を理解して意思表示をする力を欠いた状態であれば、その協議の有効性が問題になり得ます。ただし、ご本人にその力があるかどうかは、診断や日々の様子などをふまえて個別に判断される事柄で、「認知症の診断があるから一律に参加できない」「診断がないから問題ない」と、この記事だけで言い切ることはできません。気になる場合は、早めに専門家や医療・介護の関係者に相談しておくと安心です。

成年後見制度(法定後見)の「後見」とは

裁判所の案内によると、後見開始の審判とは、精神上の障害(認知症、知的障害、精神障害など)によって判断能力が欠けているのが通常の状態の方(本人)を保護するための手続です。家庭裁判所が本人のために成年後見人を選任し、成年後見人は本人の財産に関するすべての法律行為を本人に代わって行うことができます。民法も、後見人は被後見人の財産を管理し、その財産に関する法律行為について被後見人を代表すると定めています(民法第859条第1項)。相続の場面では、本人が相続人であるときに、選任された成年後見人が本人の立場で遺産分割協議に加わる、という形になります。なお、判断能力の程度によって申立ての種類が異なる場合がありますので、どの類型にあたるかは、申立てをする家庭裁判所の案内で確認してください。

後見開始の審判の申立先・申立人・費用

申立先は、本人の住所地の家庭裁判所です。申立てができる方は、民法第7条に、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官と定められています。費用について、裁判所の案内では、申立手数料として収入印紙800円分、登記手数料として収入印紙2600円分が必要で、連絡用の郵便切手(郵便料は裁判所ごとに異なります)も用意します。また、本人の精神の状況について鑑定をしなければならない場合があり、その場合は申立人に鑑定に要する費用を負担していただくことがあります。法務省の案内では、鑑定料は個々の事案によって異なるものの、ほとんどの場合10万円以下とされています。戸籍謄本や診断書などの書類を入手する費用も別にかかります。

申立てに必要な書類と審理の期間

申立てには申立書のほか、裁判所が示す標準的な添付書類が必要です。たとえば、本人の戸籍謄本(全部事項証明書)、本人の住民票又は戸籍附票、成年後見人候補者の住民票又は戸籍附票、本人の診断書、本人情報シートの写し、本人の成年被後見人等の登記がされていないことの証明書、本人の財産や収支に関する資料などです。戸籍謄本・住民票・診断書・登記がされていないことの証明書は、発行から3か月以内のものとされています。審理のために必要な場合は追加書類を求められることもあるため、実際に準備する書類は、申立てをする家庭裁判所に確認してください。申立後は、家庭裁判所調査官が申立人、本人、成年後見人候補者に会って事情を聴くことがあります。審理期間は個々の事案により異なりますが、法務省の案内では、多くの場合、申立てから法定後見の開始までは4か月以内とされています。

成年後見人が選ばれた後の遺産分割協議と相続登記

成年後見人は、本人の財産に関する法律行為を本人に代わって行う立場にあります。そのため、後見が開始した後は、成年後見人が本人を代表して遺産分割協議に加わり、相続人全員で協議をまとめていく流れになります。裁判所の案内では、家庭裁判所が本人の財産の内容や必要な援助の内容に応じて、ふさわしい方を成年後見人に選ぶとされています。協議がまとまったら、その内容を遺産分割協議書にし、法務局へ相続登記を申請します。書類の考え方は通常の相続登記と大きく変わりませんが、成年後見人が本人の代わりに署名押印する場合に追加で必要となる書類などは、事案によって異なるため、申請先の法務局にあらかじめ確認しておくと安心です。

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後見人も相続人であるとき(利益相反)

たとえば、父が認知症で、その成年後見人に長男が選ばれ、長男自身も母の相続人である、という場面です。民法第860条は、親権者と子の利益が相反する行為についての規定である第826条を後見人について準用しており、そこでは、利益が相反する行為については特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければならないとされています。ただし書として、後見監督人がある場合はこの限りでないとも定められています。遺産分割協議のように、後見人と本人がともに相続人として取り分を分け合う場面が、具体的にこの利益相反にあたるのか、そして特別代理人の申立てや後見監督人がどう関わるのかは、事案ごとに判断が分かれる部分です。協議書を作る前に、家庭裁判所や専門家へ確認しておくと安心です。

法定相続分どおりに登記する方法もあるが、判断材料も知っておく

法務局の登記手続ハンドブックには、遺産分割協議の結果にもとづく相続登記とは別に、法定相続分で相続した場合の相続登記の案内(法定相続編)があります。複数の相続人のうちの一人が申請人となって登記申請をすることもできますが、その場合、申請人とならなかった相続人には登記識別情報は通知されません。民法上も、相続人が数人あるときは相続財産はその共有に属し、法定相続分で算定した相続分が各相続人の共有持分とされます(民法第898条)。このため、協議に加われる状況になるまで、いったん法定相続分で共有の登記をするという選択肢はあります。ただし、共有のままでは誰がどの不動産を取得するかは決まっていませんので、将来の活用や売却の予定がある場合は、その点も含めて検討が必要です。

申立ての前に知っておきたい注意点

法務省の案内では、成年後見制度は判断能力が不十分な本人の権利を保護するための制度であり、本人の判断能力が回復したと認められる場合でない限り、制度の利用を途中でやめることはできないとされています。相続手続のためだけに申立てをお考えの場合でも、一度後見が開始すると、遺産分割が終わった後も後見が続くことを前提に検討する必要があります。また、申立ての手続の詳細や必要書類は、家庭裁判所によって案内が異なることがあります。申立書類の書き方や申立て後の見通しは、申立てをする家庭裁判所の案内窓口でご確認ください。

ご相談にあたって

当事務所の相続登記・相続手続きのご相談は無料で、着手金もいただいていません。ご依頼の際は、司法書士報酬のほかに登録免許税・戸籍等取得費などの実費が別途必要です。

遺産分割に争いがある場合の代理交渉・調停・訴訟は弁護士、相続税の申告・税務相談は税理士の業務領域です。当事務所は司法書士事務所として、相続登記・法定相続情報一覧図の取得・相続放棄の申述書など裁判所提出書類の作成等に対応し、必要に応じて適切な専門家をご案内します。

必要な手続き・書類・費用は個別の事情により異なります。ご自身のケースの見通しは無料相談でご確認ください。